1958年3月、栃木県足利市生まれ。A型32年の会社員生活の中で、自分の個性を発揮できずに苦しんでいる人を
何百人も見てきたことで、組織に頼らない自律した生き方を探求。
働きながら、コリや痛みを解放する指圧の手技や
コーチング・カウンセリングを学ぶ中で、人を癒すことで独立を決意。
55歳のときに、“ココロとカラダを癒す”をモットーする氣心庵を開院。
氣心解放師として活動を始める。
年間延べ1,000人余りを施術&カウンセリングする中で、
慢性的なコリや痛みを抱える人を癒してきた。
その人本来の可能性を引き出し、施術だけでなくセミナーやワークショップを通して、一人ひとりが生き生きと輝き活躍できる世の中の実現を目指している。

氣心解放師への道

会社員歴32年の私が、定年前にまったく畑違いの〈癒しの仕事〉を選んだワケ‼

子供時代はだんご虫

幼いころとても引っ込み思案で、度を越した恥ずかしがりやでした。
家に人が来ても挨拶もできないで、顔を真っ赤にして下を向いているような子供でした。人と接するときは、自分が傷つかないように、自分の周りにバリアを張っていました。
周りの大人は、「おとなしくていい子だね」と言っていましたが、単に自分を出さずに、周りの気配を読んで、それに合わせているような子供だったのです。まだその頃は、気というものの存在を知りませんでしたが、人の気配にはとても敏感な子供でした。

そんな神経過敏な少年時代だったため、近所の自転車屋さんにお使いに行ったときも、緊張のあまりお金を払わずに帰ってきてしまうような小学生でした。当時小学4年生だったのにもかかわらず、お店の人から家に電話があって、「幼稚園生くらいの子供が来て・・・」と言われたぐらい、人と話せない子でした。

世間の常識を学びながら成長

それからの学校生活では、自分の存在をいかに周りに合わせていけるかということに意識を向けていました。
そして大学、社会人と自分で作った殻で身を守りながら、それなりに楽しい時代を過ごしてきました。少しは世間を漕ぎ渡るコツは身につけたといえるかもしれません。

広告会社では、さまざまな広告販促プロモーションの仕事をしました。年間のキャンペーン予算1億円を獲得し、テレビCMをつくったり、キャンペーンガールを組織して街頭イベントを仕込んだりしたこともありました。楽しい経験でした。

しかし40代ともなると、たいがいのことをひと通り経験したと感じ、広告の仕事に魅力を感じなくなっている自分がいました。現場から離れ、人を管理する立場になって、会社員生活の行く末も見えてきた気がしました。

会社の仲間と飲みに行っても、本音を言わず腹の探り合いのような会話で、会社の噂話か悪口ばかり。それに相槌をうっている自分が情けなく感じられます。自分の周りを見回しても、魅力的な生き方をしている人はあまり見当たりませんでした。
自分の人生はこれでいいのか?
その言葉が頭をよぎることが多くなり、悶々とする日々の中で、会社という組織で自分を殺して生きるか、それとも厳しいけれど自分の好きな世界で生きていくのか、そんな選択の時を迎えていました。

本当の生き方を探す旅

「さあ、どうしようか?」
自分が好きなこと、やっていて楽しくなることはないか、探しはじめました。
自然が好きだったので、百姓になろうと思い、自然農を実践している農家に見学に行ったこともあります。これは資金も必要ですし、家族を巻き込むので諦めました。  

指圧との出会い

そして何か手に職をつけようと考え、いろいろ資格を探してみました。その中で体を使って人を癒す仕事は、面白そうだと感じました。
そしてある療法の体験会に参加したのです。

畳のしかれたその会場に入った時、
とてもあたたかで居心地のいい雰囲気を感じました。
先生はユーモアがあり、優しい中にも強さを秘めた魅力的な人でした。

そこではじめて氣の体験をしたのです。背中合わせになって相手の気を感じた時、それまで無意識に感じていたものが氣というエネルギーだったのだと実感しました。

施術の体験で、ツボを圧されたときの気持ちよさや、
ビリビリと体の中を電気のようなものが走るのを感じた時、
氣の世界に魅了されている自分がいました。
「これだ!!」と胸が高鳴りました。そして学び始めたのが44歳の時です。

しかし独立は容易ではありませんでした。この手技自体がとても奥の深いものでしたので、簡単に『奇跡の手』が手に入るわけではなく、すぐに治療家として独立するだけのレベルにはなれません。

先生からは「これは技術ではありません。」とよく言われました。肉体だけでなく心も含む気のエネルギーを使ったこの手技は、その人のあり方が問われるのです。例えば、施術をするときは、人の上に立つことなく、へりくだって低くなりすぎることもなく、相手より「薄皮一枚下」に立つように、指導されました。それは世間の常識では意識しないことでしたので、それを無意識にできるまでが大変だったのです。

結局、それから10年以上、仕事を続けながら氣の世界や経絡療法という指圧の手技を学び続けることになりました。

そして独立へ

50代になって現場の仕事から総務関係の仕事になって、やりがいはありましたが、「これが本当にやりたいことなのか?」という思いが強くなってきました。

そのまま会社にいることは、世間的には安定していて良いかもしれませんが、
それで本当にいいのか・・・?」と自分の心に問いかけました。

人の一生には限りがあります。
新しいことにチャレンジするなら定年を待っていてはダメ。このままだとワクワクとする人生ではなくなってしまう。
そんな思いでの独立でした。

人からは勇気がありますね、と言われることもありますが、それは勇気とは違って、ただ心の声に従っただけなのです。

そして55歳の誕生日を待って、会社を辞め、人を癒す仕事で独立をすることにしました。

今世の中には、一生懸命頑張っていても報われない人がたくさんいます。私はそうした人たちが報われる世の中にしたいと思っています。

辛い思いを抱えながり生きていくのではなく、もっと自由でその人らしく生きていける世の中にしたいと願っています。

そのために私のできること、それを“氣心庵”で実現していこうと思っています。

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